一〇〇年

小田原を

見守ってきた





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カタログ

まるとのカタログをご紹介いたします!

小田原を食す。

2つの城と
500年の歴史と伝統。
 
天下の険箱根に挑む
旅人をおもてなし
 
英気を養い旅支度をする
城下町・宿場町

曽我の梅干
「十郎」

曽我の梅干の舞台は
歌舞伎や能などの題材
日本三大仇討ちの一つ
「曽我兄弟の仇討ち」
 
曽我五郎・十郎は
今もなお
名産の梅干となって
現世を見守る。

小田原かまぼこ

小田原は、蒲鉾づくりに欠かせない
豊富な魚と水に恵まれていました

小田原用水の地下水を活かし
伝統の小田原かまぼこは
全12社にて継承されています

小田原かまぼこ

小田原は、蒲鉾づくりに欠かせない豊富な魚と水に恵まれていました。小田原蒲鉾は参勤交代で箱根路を通る大名にも賞味されたため、職人たちはより一層技術の向上、鍛錬に励みました。今日も賞賛され続ける小田原蒲鉾の味、高級な風格はこうしてつくり上げられ、その美味しさは多くの人々の口伝えで全国へ広まった。今もなお、小田原用水の地下水を活かし伝統の小田原かまぼこは、全12社にて継承されています。

小田原ひもの

小田原で、干物が作られるようになったのは、小田原の漁業が盛んになりだした小田原北条氏(戦国時代1495~1590)の頃。そして、江戸時代に入って、地場で水揚げされるあじやかますを開き干しにして、保存食として今もなお伝承されています。魚の仲買業の副業として製造された干物でしたが、今では地場産を始め、世界各地でとれた旬の魚を原料に、伝統産業と衛生的な量産設備で、年間6,000トンの塩干品を全国に出荷しています。

曽我の梅干「十郎」

曽我の梅干の舞台は歌舞伎や能などの題材。

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